「みんなの農園」と、黄金町バザール

 mixiの「みんなの農園」コミュが炎上した。原因は、ゲームのバグだ。

 「みんなの農園」とは、時間と共に農作物が成長していくというmixiアプリ。種を植える時点で収穫できる時間がわかるため、その時間にあわせてアクセスして収穫し、採取した作物を売って利益を得るというシステムだ。収穫時間を過ぎても収穫しなかった場合、1時間ごとに20%の作物が枯れていく。つまり、せっかく種を植えても、5時間経過すれば何も収穫できなくなる。

 このゲームのプレイヤーにとって大切なのは「時間」だ。しかし「作物が植えられない」「収穫できない」「水がやれない」という今回のバグによって、プレイヤーにとって大切な「時間」は無駄に浪費されていった。時間をかけて育てた作物が、目の前でなす術もなく枯れていき、なんとか食い止めたいと思っても自分ではどうにもできない。そのジレンマが、運営会社に対する攻撃になった。

 「バグ・不具合報告トピック」や「ご意見・ご希望トピック」に次々と書き込まれていく悲鳴のようなコメントを読みながら、私は「この人たちは何がそんなにつらいのだろう、何を取り返したいのだろう」と考えていた。収穫物といえど、所詮はデジタルデータである。それを売って得られるお金も、もちろんリアルマネーではない。どれも、なくなったところで自分に害があるものではなく、ショックを受けるようなものではないはずなのに、多くの人がこのことに傷つき、運営会社に保障を求めている。保障? それはいったい何に対する保障だろう?

 ちなみに私もプレイヤーの1人ではあるが、今回のバグによってなぜか大金持ちになってしまった。おそらく、バグの前に収穫していた作物がなかなか販売できず、何度も販売操作を繰り返していたため、それが全てカウントされてしまい、数倍もの売上げになってしまったのだろう。私のほかにも、そういうプレイヤーは多数いたようで、彼らの書き込みもちょくちょく見かけた。しかしその内容は「悲鳴」ではなかった。怒っている様子はなく、むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。

 ということは、つまり「金」なのだろうか。不具合が出ても、売上げがそれ以上にあれば、プレイヤーは傷つかないのだろうか。しかし、売上げといっても(何度もしつこくて申し訳ないが)リアルマネーではないのだ。単なる数字でしかないのだ。なぜ、ただの数字にこれほど人は振り回されるのだろう。実際、現実社会でも同じことが起きているような気がする。「生活のため」「家族を守るため」といいつつ、本当は「数字」を守るために業績を上げようと頑張っているのかもしれない。

 でも、なかにはそういう数字に頓着せず、いま生きることだけを考え、それを少しでも楽しもうとする人たちもいる。たとえば、今月22日に私がトークライブのパーソナリティを努める「黄金町バザール」の住民は、そんな人ばかりだ。門外漢である私からは、彼らが一年中、文化祭の中で生活しているように見える。利益や売上げを気にしているようには、到底見えない。ただただ、今の生活を楽しんでいる。それがいいことなのか、悪いことなのかは私には判断できないが、少なくとも今の私に足りないのはその感覚だということだけはわかる。

 inouemica.work © 2018. All Rights Reserved.