記憶と時間

 「先週の土曜日、●●という映画を見たよね」「ちがうよ、それは先月にみた映画だよ」。誰しも一度や二度はこんな会話をした覚えがあるだろう。もちろん、私もよくこんな勘違いをしては家族にたしなめられる。そのたびに、少し居心地の悪い気持ちになる。たしかにそうなのかもしれない、でも自分ではそんな気がしない。どこか違和感が残る。この違和感はどこからくるのか、ずっと考えていた。

 今日友達の身に起こった話を聞いて、ふと思いついたことがある。それは、「時間は自分の外ではなく内にあるのではないか」ということだ。彼は、8月2日から昨日までの記憶がすっぽりなくなってしまったとのこと。つまり、彼の中では1ヵ月という時間がなく、今日はまだ8月のはずなのだ。なのに、まわりは9月2日だと言う。彼の身になって考えてみると、きっと1ヵ月時間を飛び越したように感じるだろう。

 彼の身に起こったことは大変気の毒なことだと思うが、その一方で「いや本当にそうなのだろうか」とも思う。自覚がないだけど、こういうことって意外と日常的に起こっていることなのかもしれない。時間を時系列(変な表現だが)に並べているのは、単に脳内の処理であって、本当は時間はもっとランダムに並んでいるものなのかもしれないと。だから、冒頭のようなことも頻繁に起こるが、それはただ脳内の並び替え処理がうまくいかなかっただけなのかもしれない。時間が過去から未来へ続いているというのは、単に頭の中でそう感じているからだけなのかもしれない。

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