「ラスト・ステージ/事象の地平線」を見て

昨夜、渋谷で行われた「ラスト・ステージ/事象の地平線」を見た感想、というか備忘録。
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昨日、水城さんのイベントにいってきた。タイトルは「ラスト・ステージ/事象の地平線」。といっても、水城さんのラスト・ステージという意味ではなく、人が死ぬときになにが起きるのかということを、ブラック・ホールに例えて描こうとしたのだ。今わたしが読んでいる「時間は存在しない」という本と近いテーマだったのは、偶然と言うべきか。

朗読されたのは、水城さんのオリジナル作品。このイベントのために書き下ろしたという。しかし内容は、正直あまり頭に入ってこなかった。その原因の1つが、様々な表現が同時に行われるという仕掛けにある。

一緒に参加した夫は「複数のことを同時にやらされて、右脳と左脳が忙しかった」と言っていた。テキストを理解しようとするのは左脳、音楽&ダンスを感じようとするのは右脳。これが同時に動き出すものだから、かなり脳に負荷がかかる。とても疲れるのだ。そのせいか、帰りの電車のなかでは二人ともヘトヘト。ウツラウツラ寝てしまいそうになるほどだった。

ただ、水城さんが伝えようとした意図は、あの仕掛けを通じてきちんと伝わったと思う。なにかをストレートに「こうだよ」というのは簡単だ。でもそれを、踊りと朗読、ピアノという3つの要素のなかに少しずつ盛り込み、「こうだよ」と明確に言わないまま、丸のまま相手の懐に放り込む。そこで、最後に「ああ、水城さんは今、こういう心境なのか」と思う。

単純に言葉だけで伝えることもできるだろう。しかしそれだと、その言葉を聞いた人は、それぞれの解釈を通して理解しようとするから、結局は正確に伝わらない。水城さんはそれを恐れて、わざといろんな要素をもりこんだ仕掛けを作り、全体を伝えようとしたのではないか…というのは深読みすぎなのかもしれないが。

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