デジタル・ミニマリスト(カル・ニューポート)

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今、読んでいる本「デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する」をご紹介する。 

それにしても、海外の啓蒙書ってなんでこんなにパターンが似ているんだろう。はじめの1/3は「こう思っていたんでしょう。でもそうじゃないのよ」という話と、それを証明するためのデータが何度も何度も繰り返し出てくる。で、せっかちな私は「よくわかったから、早く次に行ってよ」とジリジリしてしまう。

この本も、そうだった。読み始めは順調だったけど、何度も同じことが出てくると、つい食傷気味になり、飛ばし読みしてしまう。挙句、挫折しそうにもなったが、先日ふと「待てよ」と思い直し、また少しずつ読み進めるようになった。それは、日常生活のなかで「あ、これはあの本に書いてあったやつだ」という気づきが増えてきたから。

たとえば、「スマホを置いて、質の高い余暇を過ごすために時間を費やそう」という話。たとえば、開いた時間を使って手仕事をするのはとてもよいことだという。シーケンサーで作曲をするより、実際にギターを弾いて弦との微妙な駆け引きを楽んだほうがいい。そこには「身体的な体験や無限の選択肢」があるからだ、という。

とはいえ、ギターを上達するためにYouTubeをみて研究するということはある。この作者も「インターネット普及前の時代を懐かしんで時計を巻き戻す必要があるという誤解は退けたい」と言っている。「インターネットによって人類史上かつてなかった数の選択肢が一般の人々に提示されるようになったおかげで、一種の”余暇のルネッサンス”が起きている」とのことだ。

つまり、こういうことだ。「スマホにばかり囚われ、他の体験を一切退けてしまうような愚かな生き方はやめよう。私たちが不安に思うのは、コントロールを失いかけているという感覚があるからだ。スマホが有益であるかどうかは問題ではない。主体性が脅かされていることが問題ないのだ。スマホ依存をやめ、スマホなしでも幸せに生きられる自分を取り戻そう。それができれば、この便利な道具を上手に使って、自分の人生をより豊かにしていくことができるようになる」。

最近、たびたび「不自由」について考えることがある。「不自由」とは、束縛されている状態ではない。この作者のいうように、「コントロールを失っている状態」のことを「不自由」というのだ。

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