あなたの人生の物語(テッド・チャン)

• わたしは胸の内で考えた。 光線は動きはじめる方向を選べるようになるまえに、 最終的に到達する地点を知っていなくてはならない。これには、思いあたるふしがある。「ここのところよ、わたしが変だと感じていたのは」

• さらに興味深いのは、〈ヘプタポッドB〉はわたしのものの考えかたを変えていくという事実だった。わたしにとって、考えるというのは通例、内なる声で話すことを意味する。わたしたちの専門用語で言うなら、わたしの思考は音韻的にコード化される。わたしの内なる声はふつうは英語で話すが、それは必須の要件ではない。……それでも、被音韻式の言語で考えるという発想は、もともとわたしの興味をそそるものではあった。……ヘプタポッドBにとりくむなかで、わたしはまったく異質な経験をしていた。自分の思考が図表的にコード化されるようになってきたのだ。

• それは 曼荼羅 に似ていた。気がつくと、瞑想状態にあって、前提と結論が交換可能なやりかたで黙考している。各命題の関連づけに固有の方向性はなく、特定のルートをたどる〝思考の筋道〟もない。推論という営為における全要素は等しなみに力強く、すべてが同じ優位を占めていた。

• 人類が直感的に見いだす、運動エネルギーや加速度といった物理的属性はすべて、時間の所与の瞬間において物質が有する固有の性質だ。そして、それらは事象の時系列的、因果律的解釈へと導かれる。ある瞬間から生じる、つぎの瞬間。原因と結果は、過去から生じる未来という連鎖反応をつくりだす。

• 対照的に、ヘプタポッドが直感的に見いだす〝 作用〟などの積分に特徴づけられる種々のものごとの物理的属性は、ある一定の期間の経過についてのみ意味を有する。そして、それらは事象の目的論的解釈へと導かれる。事象を一定期間の時間という視点から見ることにより、満足されねばならない要件、最小化もしくは最大化という目的があることが認識できる。そして、その目的を満たすには最初と最終の状態を知っていなくてはならない。原因が発生するまえに結果に関する知識が必要となるのだ。

• もし、未来を知るという経験がひとを変えるのだとしたら? それは切迫感を、自分はこうなると知ったとおりの行動をすべきだという義務感を呼び覚ますのだとしたら?

• そうではなく、ボウルがあなたの頭に落ちてくるときにそれをつかもうと躍起になるのと同じ切迫感だったと思う。それに従うのが正しいと感じる本能のひとつだと。

• 人類の、そしてヘプタポッドの祖先がはじめて意識のきらめきを得たとき、両者は同じ物理世界を知覚したが、知覚したものの解析の仕方は異なっていた。最終的に生じてきた世界観の差は、その相違の究極的結果だ。

• 会話というのは、語をひとつひとつ逐次的に並べることを要求されるから、支障をきたす。それにひきかえ文字のほうは、ひとつのページのすべての記号を同時に見てとれる。

• 自由は幻想ではない。逐次的意識という文脈において、それは完璧な現実だ。同時的意識という文脈においては、自由は意味をなさないが、強制もまた意味をなさない。文脈が異なっているにすぎず、一方の妥当性が他方より優れているとか劣っているとかではない。

• 同様に、未来を知ることは自由意志を持つことと両立しない。

• 未来を知る者は、そのことを語らない。『三世の書』を読んだ者は、そのことをけっして認めない。

• ヘプタポッドたちの場合、言葉はすべて遂行文だ。〝それら〟は伝達のために言語を用いるのではなく、現実化するために言語を用いる。

• ときおり〈ヘプタポッドB〉が真の優位を占めるとき、わたしはひらめきを得て、過去と未来を一挙に経験する。わたしの意識は、時の外側で燃える半世紀の長さの 燠 となる。そして、ありとあらゆるできごとを──そのひらめきを得ているあいだは──同時に知覚する。それは、わたしの残りの人生を包含する期間であり、あなたの全人生を包含する期間でもある。

 

論点

• ルイーズはいつこのお話を語り始めているのか……おそらくゲーリーと結ばれる夜。この時点で自分の娘の人生を「思い出している」という異常事態

• 現在進行形の事実と、娘との思い出が交互に出現する理由……関係するものが出てくる部分も「ノンゼロサムゲーム」。構成には「同時的認識様式」(事象を同時に経験し、その根源に潜む目的を知覚する認識様式)というテーマが見事に反映されています。ぼくたち人類の、ちっぽけな「逐次的認識様式」(事象をある順序で経験し、因果関係として知覚する認識様式)のためにデザインされた媒体にとって可能な範囲内において、ではありますが。

• ヘプタポッドの文字について……”思考の道筋”なく”前提と結論が交換可能なやりかたで黙考”できる文字。関連する単語、例えば主語と述語、が変形して連結して一つの語をなすような感じらしい。身体に前後がある人類は文章にも最初と最後があるが、放射状の彼らには文書は映画の表現によれば円のように連結して書かれ、円周上の単語には読む順番という概念がないらしい。もっと言えば、道路標識のように様々な意味を表わす文字が重なって結びついて、複合して動作なり概念なりを表わすらしい。なので発音と文字は対応しないらしい。例えば「進入禁止」という言葉と道路標識の関係のように。

• フェルマーの最小時間の原理について……光は目的地に達する前に目的地を知っていなければ経路を算出できないではないか。光は未来を見ているのではないか。光はある目的地に出発した時点で最終到達地を知っていなければ、正しく最短経路を通ることはできない。この光とヘプタポッドは同じ感覚であり、出発と同時に到達点を知り、それから通過点を知る。

• 自由意志について……本作の未来は「起きるかも知れない未来」ではなく「既に存在する未来」である。過去に干渉するとタイムパラドックスが起きるので過去には干渉できない=過去は変えられない。同様に未来に干渉してもパラドックスが起きるので未来にも干渉できない=未来は変えられない。そこには自由意志も選択もない。自由意志や選択が可能なのは未来を知らない場合であり、未来を知ることと自由意志は両立しない。ルイーズは未来を知る力を得るのと引き換えに自由意志を失ったのだ。だから、ルイーズは「娘が死ぬと分かって敢えてその未来を選択」したのではない。ルイーズには娘を産まないという選択肢はないのだ。娘を産まなければ娘が死ぬ未来はやってこないから、娘が死ぬ未来を来させるためにルイーズは娘を産まなければならないのである。その境地はまさに「原因が結果を作る世界」にいる者には計り知れない。ルイーズは「悲しい結末を選んだ」という人もいるが、そうではなく、ルイーズはもう選ぶことができない。だから、今を「かけがえない時間」として味わうことにする。

• すでに知っていることを実際に体験する無為さ……ただ来たるべき時までぼーっと無為に過ごすのか、過ぎていく時間の瞬間全てを慈しみ大切に心に刻みながら過ごすのかでは充実感は全く違ってくると思う。ルイーズは娘をつくる時、これから過ごす時間が歓喜になるのか苦痛になるのか、最小と最大のどちらを成就するのか考える。決まった人生でも過ごし方次第でそれは良くも悪くもなるのではないだろうか。そう思うと一刻一刻が愛おしくなります。

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