クララとお日さま(カズオ・イシグロ)

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読了。2017年のノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロが書いた八作目の長編小説である。以下、ネタバレを含むあらすじを書きつつ、思ったことをメモしていくので、まだ読んでいない人は、このままそっとブラウザを閉じることをおすすめします……

(以下、ネタバレ含むあらすじ) 

  • 物語の主人公は、AF(人工親友……おそらくはAIを備えたFriendの略?)クララ。お店の中から外を見ている様子から始まる。クララはB2型(第3世代)のAFで、最新型ではない。AFは太陽光からエネルギーを吸収するが、B2型は少し問題があると言われていて、ほとんどの人は最新モデルであるB3型を欲しがるが、子供は直感で「最新型じゃなくていい、私はこの子がいい」という。
  • もうひとりの主人公であるジョジー(14才半)は、クララのことをひとめで気に入り、「この子じゃなくちゃだめ」と断言する。一緒にいる母親を説得しなければならず、「すぐに家につれて帰ることはできないが、必ず迎えに来るから」とクララに誓う。クララはジョジーの熱意を信じ、他の子供が来てもわざと気のない素振りをしてみせる。お店の店長は「どういうつもり?」と呆れるが、クララにとってもジョジーは特別だった。
  • ジョジーの迎えを待つ間、クララはとても印象的なシーンを2つ目撃する。それは、彼女にとって一番大事なエネルギー源である太陽の光に関するもの。その体験から、クララは太陽の力を心から信じるようになる。
  • ジョジーは、約束通り、母親と共にクララを迎えに来る。一緒に暮らすようになり、ジョジーとクララは親友のように親しくなる。やがて、隣に住むリック(向上処置、すなわち遺伝子編集処置を受けていない。クララは受けている)や、そのほかの友だちを紹介され、所属するコミュニティによって態度が変わるジョジーを知るが、それもまたジョジーの一面と受け入れる。クララにとっては、ジョジーのありとあらゆることを知り、危険を察知し、守ることが大事なのだ。
  • ジョジーは病気がちで、すぐに寝込んでしまう(向上処置のせい?)。以前、姉のサリーは病気で亡くなったが、その理由も向上処置のせいかもしれない。そのことで、母親はいつも自分を少し責めているが、「でもやったほうが本人のため」と自分に言い聞かせる。おそらくジョジーの父親はそうではなく、いろいろあって別れたようだ。父親は、少し身分の低いコミュニティで暮らしている。
  • ジョジーの母親には、ちょっとゆがんだ企てがあった。ジョジーがもし亡くなったら、自分はもうそれに耐えられない。だから、そのときがきたらジョジーにそっくりのスキンの中にクララを入れ、ジョジーの代わりを演じてもらおうと。そのために、何度かジョジーをアトリエに連れて行き、写真を撮影させる。そして、クララにその企てについて説明する。クララは「わかりました。でもジョジーを治すほうがもっといい」と答える。クララには、ジョジーを治すための秘策があった……。

 

以上が、おおまかなあらすじ。ここからは、私の感想。

  • 人間のエゴの恐ろしさ。登場人物がすべて少し変で、間違っているような気がする。いずれも自分の中になにか不安があり、その不安を打ち消すために、偏った思想を持ったり、他の人をおとしめようとしたりする。そのなかで、唯一安心できる存在がクララ。クララだけは、ずっと同じこと、つまりジョジーが幸せな大人になることだけを願い、そのためだけに行動する。
  • 格差社会のゆがみ。大事な命まで危険にさらしても「向上処置」にこだわる母親(それで姉を失ったのに、同じことを妹にもしてしまう)。その挙げ句、妹の命まで失われそうだと知った途端、その後の自分のために娘のコピーを作ろうとする恐ろしいまでの狂気。
  • 人の薄情さ。ジョジーにとっては「あなたしかいない」唯一無二の親友で、ジョジーの母親にとっては「娘の代わりに」とまで思ったほどの大きな存在だったはずが、ジョジーが元気になった途端に物置きに追いやり、ジョジーが大学に行った後は処分場に捨ててしまうだなんて。大事な存在だったはずのクララに、どうしてそんなことができるのか? まるでペットのようとも思ったが、いや、ペットにだってそんなことはしない。犬は人間より寿命が短いから、やがて別れが来るのは知っているが、できるものならその日を一日でも延ばしたいし、最後まで大事に大切に扱いたい。なぜジョジーや母親は、そう思わなかったのか?
  • 盲目的な信仰に対する冷静な自分。クララの太陽崇拝に対して、私はとても冷ややかだった。「そんな絶対者によって救われるような安易な話ではないはず」と思っていた。なぜそう思ったのか? 私には絶対者がいないから? 
  • 最後の章に出てきたクララの台詞。「カパルディさんは、継続できないような特別なものはジョジーの中にないと考えていました。探しに探したが、そういうものは見つからなかったーーそう母親に言いました。でも、カパルディさんは探す場所を間違ったのだと思います。特別な何かはあります。ただ、それはジョジーの中ではなく、ジョジーを愛する人々の中にありました。だから、カパルディさんの思うようにはならず、わたしの成功もなかっただろうと思います。わたしは決定を誤らずに幸いでした」。
  • 「その人の価値は、その人自身にはなく、その人が存在することによって生まれる関係性、ストーリー、出来事にある」というのが最近のわたしの持論だが、それが見事に表現されている一言だと感じた。

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