チョコの面影を探して

先日、Facebookに友だち限定でこんな写真とコメントを投稿した。

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今年1月に亡くなった愛犬チョコは、その名の通りチョコダップルのスムースだった。だから、この子をみたとき、すぐにチョコのことを思い出し、胸がいっぱいになった。その日は仕事だったのでなんとか持ちこたえたが、それでも行きと帰りの2回、この子の前で立ち止まった。そのことを記録したかったのだ。

その投稿には「連れて帰ったら、名前はチョコにしよう、、、とか考えませんでしたか? w」「うちも、前の子が亡くなったあとに迎えたのは、同じ犬種でしたー。そして、長女が家族にした子も、同じ犬種💓やっぱりどうしても目が行きますよね」など、友人から温かいコメントがついた。みんな優しいなあ、ありがたいなあと思っていたら、最後にこんなコメントが。

命を安易に衝動買いしてませんかってCMやっているよね。だとしたら、迷惑ですって続いている。

思わぬ言葉に驚いて、思わずブラウザを閉じてしまった。そのCMを知らなかったので意味がよくわからなかったが、なんとなく「ペットショップで見た可愛いワンコを安易に衝動買いするのは迷惑行為」と言われたように感じた。

私の友人なら、今年、とても大切にしていた愛犬が2頭とも亡くなってしまい、私が落ち込んでいたことは知っているはず。そういう人に対して、こういうことは言わないはず。なぜこの人は、こんなことを言うのだろう? ……そんな思いが頭の中をグルグル回り、やり場のない怒りと悲しみをどうすればいいかわからなくなった。

そこで、このことを友人に愚痴ったところ、「その言葉、ラジオCMで聞いたことあります。無責任にペットを飼うな!ってな感じのCMでした。ペットが捨てられる事に対する警告CMなのでしょう」。別の友人は「先日逮捕されたプードル放し飼い迷惑女の影響かと。世の中には勘違い飼い主も多く存在しますからね。その方は、真花さんの犬を大切にしていたことを知らずに、ペットショップで可愛いと思ったら短絡的に購入する人と勘違いしたのでは?」と慰めてくれた。

そのCMとは、こちら。

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そんなCMがあったんだと知り、改めて「ペットショップ」というキーワードで検索したところ、最近、ペットショップでのペットの売買が問題になっているということを知った。もう少し調べてみると、8月30日、小泉進次郎環境大臣が「現在犬猫はペットショップで購入することが多いが、一般家庭では保護犬、保護猫の受け入れが当たり前の社会にしたい。環境省は、全国保護団体の支援と譲渡活動を拡大のため、活動の仲間を増やしていきたい」と話していたことも知った。

なるほど、そんないきさつがあってあのコメントがついたのだと理解できた。理解はできたが、やはり納得はできない。私のこの違和感はなんだろう?どうして悲しいんだろう? 夜、ベッドに入った後も、いつまでも考えていた。

「私がショックだったのは“命を安易に衝動買いする”という言葉? だとしたら、その言葉のなにが嫌だった? 私のなにが損なわれたの?」

そこで浮かんできたのは、やはりチョコとマロの姿。あのふたりのことを、私はとても愛していた。命が危うくなることは何度もあったが、そのたびに尽力し、なんとか助けながら17才まで一緒に過ごした。そのふたりとのつながりが、あの言葉で一瞬にして消えてしまうような、踏みにじられたような感じがしたのだ。

あの投稿でわたしが伝えたかったのは、今もなお彼らのことを愛していて、いろんなところに彼らのかけらを見付けようとしている自分の姿。その真意をくみ取ってほしかった、という気持ちがあった。

そこで、この気持ちをなんとか(自分が)納得できる形で表現しようと考えた。NVCで言うところの「1mmリクエスト」である。そこで、Facebookの投稿の最後にこうコメントした。

最近流れているCMの話や、話題になっている事件等、いろいろな背景があり、この投稿をネガティブにとらえる方もいらっしゃると思います。しかし超個人的には、今年相次いで亡くなった愛犬たちに対する哀悼の意と愛情を込めた(そして、あまり湿っぽくならないようにおちゃらけた)投稿のつもりでした。改めてそんなことをここに書くのも野暮ですが、どうかその意を汲んで頂きたく。

これで私の真意が伝わったかどうかはわからないが、とりあえず混乱した気持ちは収まったのでよしとする。うまく伝わらなかったとしても、きっとチョコとマロはわかってくれているはずだし。

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