私はなぜ記録し続けるのか

ライフログは随時Day Oneというアプリに記録し、撮った写真や動画はInstagramにアップしています。そのログたちを見ながらプライベートブログで記事化し、さらに(記事としてまとまりそうなものについては)別冊マイカで記事化しています。

ブログを書きながら、ふと思います。私はなぜ生活を記録することにこだわっているのでしょう。自分でもよくわかりませんが、今のところ「自分の脳の容量が小さくて、記憶がぼろぼろとこぼれ落ちるから、忘れないようにバックアップをとっている」説が有力です。そういえばHP100/200LXにハマった理由も「これがあればすぐにメモできるから」だったし。

これは息子の結婚式のときに撮った写真。母がとても嬉しそうです。このときは幸せな気持ちで撮影したのに、今、改めてこの写真を見ると、胸の奥がキュッと痛くなります。それは、もう母がこの世にいないから? いや母だけでなく、今生きている父も息子も、このときとは明らかに違います。今はいない彼らの姿を見るから、胸がキュッとなる?

ブログや日記を読み返していると、やっぱり胸の奥がキュッとします。そんな思いをするために、私はせっせと記録しているわけじゃないと思うんだけど。

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